2007年10月9日火曜日

第7回離婚調停 [3/3]

[注意]
本エントリは、私の主観に基づく離婚調停の記録です。
細部の省略や、プライバシーに関わる事項についてのご質問等については、お答えいたしかねることもあることをご了承ください。


私のターン 3


私の両親と、私への返済時期に猶予をとってもらいたいとする、ニゲの理由を聞く。

ニゲの理由は凄い。ニゲの理由を話す男性調停委員さんの隣に座る、女性調停委員さんが表情も乏しく机を見つめていた。そのことが妙に印象的だった。
(R3-a) 猶予期間中に、前の大家さんへの返済をしなくてはならない。現状復帰費用と引越先の敷金と礼金を立て替えてもらったので、その分を分割で支払わなくてはならない。合計120万円あるそうである。

私は潮時を感じた。ニゲの支払い計画など何の価値もない。これまで、ニゲ自身が価値を下げ続けていたものだ。
ニゲの支払い計画は、私の条件より、かなり低い。1/3ほどだ。ただ、ニゲ自身が「これなら可能であると言った」という根拠をとれたことで、折り合いをつけることにしたのだ。

書記官の方も含めて、条件の確認が行われた。私の納得を経て調停成立となる運びのようである。支払い口座を聞かれたので、事前に準備しておいた口座を指定した。
なお、書記官さんに「経験上、滞るとおもわれるので、その際には裁判所まで連絡をください。履行勧告しますから。」と言われる。口調から、もう絶対滞るという自信が感じられた。なんとも信用のないニゲである。


調停成立


判事さん、書記官さん、調停委員さんと、ニゲと私が席に着いた。
書記官さんが、調停調書についていくつかの確認をとり、書面を作成した。
最後に判事さんが、調書を読み上げ、裁判所の権限によって離婚が成立したことを宣言した。


退室


判事さんと書記官さんが退室した。私は、内心、舞い上がっていた。申し立てから約1年。ようやくゴールにたどり着いたのだ。
ニゲは、調停委員さんに、引き止められていた。単に、退出時間をずらすための方策なのだろうが、少し話があると言っていた。
ニゲは、去り際の私に「このあと食事でも」といっていたが、そんなマズい食事などお断りである。
私は、電話で両親に離婚の成立を連絡すると、ひとり昼食を食べに行った。


おまけ


ニゲの会社の役員になっていたのだが、それも離婚を機に、辞任することを確認した。もちろん、調停調書にも書いてもらった。家に帰るとすぐに、辞表を持って郵便局へ行き、内容証明+配達証明郵便で送った。
とりあえず、これで、調停調書が届くのを待つだけとなったのだった。


[離婚調停 完]

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